前回の記事を書きながら、
個人的に想起したのは、

戦艦「大和」の水上特攻であった。


この場合、世論が直接「大和」を
特攻に追い込んだわけではない
ものの、

同様に「集団」の空気が
非合理な結論を導いた事例
には違いない。

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沖縄戦を目前に控えた
1945年春、

帝国海軍最大の戦艦「大和」が
片道切符で出撃し、

九州南西沖に沈められたことは
比較的広く知られている。

ところが、本件について
今の学生に意見を求めると、

「斯様な理不尽が罷り通った
戦中の日本は異常な状態だった」

とか、

「命を粗末にした大変愚かな行為」

だとか、

「死を以って何かを為さんとするは
日本人の愚かな美学である」

とか、

まるで「他人事」のような評論が
後を絶たないのは、

大変残念なことだ。


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そもそも、「大和」の特攻は
どういった経緯で行われたかを
wikipediaより簡単にまとめると、

この計画は、もともとは
ある連合艦隊参謀が
計画したものらしい。

この参謀は、
時に陛下の言葉尻も
説得の材料にして、

参謀長が出張で不在のうちに、
連合艦隊長官に直接決裁を
とったという。

その後、この参謀は軍令部に行き、
一度は作戦課長に反対されるが、
今度は軍令部次長から
直接承認を得る。

次長は「連合艦隊長官が
そうしたいという決意ならよかろう」
と許可を与えたといい、
総長は黙って聞いていたという。

かくして作戦は発令され、
参謀長が(嫌々ながら)
「大和」の司令長官に
作戦命令を伝達することとなる。

当然ながらなかなか納得しない
「大和」の司令長官に対して、
参謀長が「一億総特攻の
魁となって頂きたい」と伝えると、

長官は一転、
「そうか、それならわかった」
と即座に納得したという。

こうして、大和の特攻が決まった。

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如何だろうか?

多くの方にとって、

会社員「あるある」だと
感じられたのではないだろうか?


自部門のメンツを気にして、
原理主義を貫き通し、
トップの言葉尻の活用し、
中間管理職を飛ばして決裁を仰ぐ、
純粋培養の若手幹部。

「現場がそういうなら」
「止めるわけにもいかない」と、
自分では判断しない上層部。

「上が決めたことなんで」
「結果より、やることに意義がある」
という説得。


当時の経緯は、
私たちが全く馬鹿にできる
ものではない。

つまり、
私たちが当時の時代を生きたとして、
同じ結末を招かない保証はない。

(というか、おそらく同じ行動をとって
同じ結末を招くだろう)


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だからこそ、
学びの機会がある。


現場の参謀はなぜ
「特攻」を推進したのか?

どうしたら防げたか?

トップはなぜこの計画を
却下できなかったのか?

どうしたらできたか?


もう一度やり直せるなら、
少しでも結果を

改善できるかもしれないし、
改善できないかもしれない。


いずれにしても、そこには、
単に「愚かな行為」というだけでは
片付けられない、理由がある。


歴史というものは、

単語を丸暗記したり、
批判したりするよりも前に、

まず当時の経緯を知り、
その背景や理由を考えて、

現在のわが身に生かし、
よりよい未来を築くために
活用すべきものなのだろう。