ぼくらがセカイを征服したはずのいま 
 
セカイすなわちぼくたちのものの見方は
何によって支配されているかと考えると
 
ほんらいはぼくらの内うちから湧きおこる
じぶんらしさであるはずなんだけど
 
じっさいにじぶんをつよくもてているか
は人それぞれで
 
ぼくだって
せっかくあたえられたじぶんのセカイを
他人任せにしてしまうことがあるし
 
すごいむかつくやつに
きもちわるい色に
ぬりたくられることだってある
 
それでも、
だれかにおしつけられたセカイを
うのみにしちゃいけない
 
まわりがじぶんに期待する役割を
演じることはあっても
それはいっときのこと
 
のきさきを貸すことがあっても
母屋をとられちゃだめだ
 
手段と目的は別だ

ぼくらはかつて戦争に負けて

たくさんの命だけでなく
憲法という基本原理も
失ったかもしれないけれど

国や民族が主役の時代がおわって
ぼくらがセカイを支配する時代になって
 
たたかってでも守るべき行動原理
すなわちじぶんの憲法は
もてているだろうか?