イカの哲学 (集英社新書 0430)
イカの哲学 (集英社新書 0430) [新書]

読んで見た。


世の中には、それが実に単純で
当たり前の理屈でも、

言う人によってはそれが
異常な説得力を持つ
ということがある。


波多野一郎という人が記した
『イカの哲学』 という
短い物語は、
まさにそういう類のものだ。


この人は、
特攻隊に招集されたが
たまたま助かり、

シベリアに抑留され、
過酷な強制労働に耐えて
生き残り、

その後、
スタンフォード大に留学した
異色の経歴の持ち主だ。


彼は
特攻隊の出撃準備期間に
死を覚悟した時、

たったひとつ
願いが叶うとしたら、

自分の子孫を残したい

と思っている自分に気付く。

そしてそれが、随分と
本能に近い欲求であった
ことに驚く。

そして、終戦後。

スタンフォード大学への
留学時代に、

アルバイトで
食料として漁獲され加工される
イカの大群を見て、

彼は思う。

『一回の投網によって、
数万のイカに死をもたらす
とあっては、

漁師達の魚網は
これらのイカ達にとっては、
まったく一つの
原子爆弾のようなもの
であります。』

と。

自分たちが
毎日ベルトコンベアにのせていた
イカたちの生殖を、

特攻隊や原子爆弾と
少しも変わらず阻んでいることに
波多野氏が気づけたのは、

イカたちの
『実存を知り、且つ、感じること』
がきっかけだったという。

そしてそこから、波多野氏は

『相異なった社会に住む人々が
お互いの実存に触れ合うという事が
世界平和の鍵なのであります』

と展開する。

お互いのことを知ることで、
平和は訪れる
というのは、
言葉で表せば

至極当たり前なこと
なのかもしれない。

しかし、
特攻隊とシベリア抑留を経験し、
戦後はスタンフォードで
哲学を学んだ著者が、

脳梗塞を患いながらも
世に送り出したものだから

重みがある。

専門的な解釈は
同書の後半部分で、
中沢氏がバタイユの生命論
などを交えて展開しているが、

ここではひとつだけ。

その相手の

『実存を知り、且つ、感じること』
は難しいことなのではないか?

世界平和のためであれ何であれ、
相手の『実存を知り、且つ、感じる』
ためには、

自分に同様の体験、少なくとも
伝聞による追体験が必要である。

残念ながら我が国においても
戦争の記憶が薄まってきている。

戦争体験は一例だが、

いち地球市民として
誇れる判断ができるために、

相手の実存を知り、
感じることが大切だとすると、

様々な出来事や
その状況下での人々の気持ちを
知っておくことが、

大変重要である。

世界平和のために、
いっぱい追体験しよう。