いまから2週間ほど前のことだ。

ぼくは母の誕生日に贈る
サプライズビデオを撮るために、
親戚の家を訪れていた。


ひと通り必要な撮影を終えた後、
ぼくはいつの間にか

親戚夫妻の幼少期の話を
食い入るようにして聞いていた。


 ☆ ☆ ☆


親戚のおじさん・おばさん(仮)は、
戦中または戦後すぐの生まれ
ということだったので、

小学校時代の話だと1950年代、
高校時代の話は60年代
(昭和20~30年代)
といったところだろうか。

たかだか50~60年前の話だ。


それなのに、
日本は相当貧しかったみたいで、

教科書で知るのと、
身近な人から知るのとでは


全然違う。


 ☆ ☆ ☆


苛烈すぎて
ここに到底書けないことも
多いのだが、

差し支えない範囲で例を挙げると、

小学校には
ふんどしに着物、下駄で
通っていて、

学校では
栄養失調にならないように
飴が配られて、

配給通帳でお米をもらい、

高校の同級生に家の無い子も
いたという。


 ☆ ☆ ☆


いや、
戦中や戦後すぐは
確かにそういうイメージだ。

でも、それ以降の昭和というと、
どうしても
「高度経済成長」のイメージが強い。


「(昭和)30年代も
まだまだ貧しかったのよ」

とは

この時、話を聞くまで知らなかった。


ぼくが生まれるほんの20~30年前、
つまり親よりちょっと上の世代でも

日本がそんなにカオスだったとは!


 ☆ ☆ ☆


この日ぼくは、

常日頃、戦中終戦時の先輩方に
深謝することはあっても、

その後の昭和を生き抜いた先輩方に
感謝の念を抱くことが無かったことを
深く反省した。

この人たちのこの努力がなかったら、
今の豊かな日本は無かったのだ――。



肝心の泥くさい話が
あんまり書けなかったので
(内容的に自粛)

説得力がないかもしれないけれど、


それは皆さんが実際に、
まわりの70歳くらいの方に
聞いてみて、確めて欲しい。


平和ボケが吹っ飛ぶかも?