前回書いたように

昭和という時代は、

前半は戦争、
後半は経済成長

という整理で語られることが多いが、

実際は、
戦後であってもかなりの部分、

日本人が
昨日でも明日でもなく
『今日』を必死に生き抜いた

時代だったようだ。


 ☆ ☆ ☆

みな、生きていくために何でもやり、

ただ、本当に苦しい人がいれば
支えあって生きたという。


そんな激動の時代を生き抜いた
親戚夫妻にとって、

平成という現代は
大分変わったものに映るようだ。


 ☆ ☆ ☆


いじめや体罰などの社会問題や、
様々な政治問題などを例に、

「どちらが正しい
ということは無いけれど、

今はそういう時代でもないもんね」

というおばさん(仮)の一言が
印象に残った。


勿論、当時も様々な問題があったという。

それらの問題は、
当時は「公然と」(当たり前に)
そこにあって、

それでも、それよりも

生活に関わるもっと重要な事柄に
みなが一丸となって向かっていた、

そういう時代のようだった。


 ☆ ☆ ☆


なるほど、ぼくたちは少し
豊かになりすぎたのかもしれない。

今日という日の生活を
気にしても良くなったので、

他のことが気になって仕方ない。



そうした、当事者意識無く、
安全な場所からの、上から目線の、

一見正しくて、
でも実はエゴに溢れた、

ニセモノの思いやりが

今の日本を息苦しくしているのかも
しれないと思った。



暇を持て余した神々の遊び――。

願わくば、
他人を巻き込んでほしくないものだ。


 ☆ ☆ ☆

ちなみに
この日からほどなくして、

ぼくは足を折った。


その初日、
ファミリーマートでレジに並ぶ
ぼくに、

声をかけてくれるお兄さんがいた。


「持ちましょうか?」


イチローに似た感じの
爽やかなスポーツマンタイプの
お兄さんだ。 


普通かもしれない。

でもその日のぼくは普通の
見た目ではなかった。


どう客観的に見ても、

松葉杖に寄りかかり、
鬼のような形相で

全身から滝のように流れた汗で
足元に水たまりを作っているような

絶対に近づきたくない生物
だったはずだ。


それでも、その人は
優しく声をかけてくれた。


 ☆ ☆ ☆


その後も、

ぼくの代わりに薬局まで
薬を取りに行ってくれ、

薬の説明までしてくれた
タクシーの運転手さん、

羽田空港で
車椅子を押しながら

お土産選びまで手伝ってくれた
グラホのお姉さん、

本当にいろんな方々の
親切にあずかりました。


 ☆ ☆ ☆


これまで健康なときに

タクシーの運転手さんに
「端数負けとくよ」と言われたり、

あるいは逆に

「急いでくれたんで、
お釣りいいです」と
自分のほうが言ったり
するのとは、


何かが根本的に違っていた。



もちろん、これまでの日常で
そうしたやり取りは

それはそれで嬉しかったのだけれど、


今回、助けてもらっていることは
自分にとって、もっと切実なことだ。


同情するなら食べ物を届けてくれ!
とか、

同情するなら薬を取ってきてくれ!
とか、

そういうレベル。


今回、それを見知らぬ人が随分と
助けてくれることが嬉しくて、

何だかその体験は、

昭和の支え合いの話と重なって、
自分の心に染み入った。