お蔭様で、骨もつながってきました。

9月の初めに骨折してから
これまでの、不自由な2ヶ月間、

禁煙という拾い物もしましたが、


もう少し得るものがなければ

折れて少しサイズアップした右足も、
かわいそうです。


だから今日は、
骨を折って気付かされたことを

自分のために書き留めておきたい
と思います。


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当たり前の大切さ

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骨を折って、当たり前のことが、
全くできなくなりました。


電車に乗ることはもちろん、

最寄りのコンビニに
食べ物を買いに行くことでさえ

難易度の高い課題に変わりました。

シャワーを浴びるなんてことは勿論、
トイレに行くことすら面倒な毎日。

 ☆ ☆ ☆

私は普段、どちらかというと
変化のない毎日が大嫌いで、

一日として同じような日は
過ごしたくない、

などと思っているほうなのですが、


健康で平和な日々の
それだけで
 
何と有難かったことか!

 ☆ ☆ ☆

もちろん平穏な日々に甘えて
堕落してはいけないのですが、

理想の追求を急ぐあまり、
その基礎となる部分を、

健康をはじめとする
「当たり前」の部分を、

軽んじてはいけない
強く思いました。

 ☆ ☆ ☆

車に乗ったら、
安全第一!

タバコはやめて、
健康第一!



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毎日の非連続性

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そんなふうに当たり前のことが
突然できなくなって、

私の毎日は180度変わりました。

(わずか2段、足を踏み外して
階段から落ちただけで!)

 ☆ ☆ ☆

実はこの感覚は、

今の時代を生き抜く上で、

絶対に忘れてはならないこと
だと思います。


科学も哲学も
より複雑なものを扱い、

爆発的な情報量が流通する
不確実性の高い今の時代は、

ある日突然、

想像もしていなかったことが
起こる時代だからです。

 ☆ ☆ ☆

現代では、
どんなに堅実な人でも、

近代の頃ように
計画的な人生は送れません。

佐賀藩士が(死ぬべき時に
迷いなく死ねるように)

毎朝死ぬ練習をしていた・・・

ということを思い出しつつ、


いつ、何が起きても
おかしくない!

今やれることは今でしょ!と

毎日を、今この瞬間を、

今まで以上に一生懸命、
全力で生きる

ことに決めました。

 ☆ ☆ ☆

今日できることは、
今日やっちゃいましょう 。

たとえそれがプロポーズでも。 



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人の親切の有難さ

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骨折したその日、

ファミリーマートで
汗だくになって

松葉杖と買い物カゴと
格闘していた私を

救ってくれたのは
イチロー風のお兄さんでした。

 ☆ ☆ ☆

雨が降った日には、

工事現場のおじさんが
車椅子を押してくれました。


近所の警備員さんには、
しょっちゅう車椅子を
タクシーに乗せてもらいました。

周りの方々はもちろん、
見知らぬ方々にまで、

本当に色々な方に
助けていただきました。

 ☆ ☆ ☆

いま振り返ると、

こんな風に
本当に困っていた時に
してもらった親切は、

普段とはまた「違うもの」
のような感覚でした。


もちろん、普段から
人に親切にしてもらうことは
気持ちのいいものです。

でも、それとは
根本的に何かが違ったのです。

人の親切のありがたみは、

自分が本当に困って初めて
わかるものなのかも

しれません。

 ☆ ☆ ☆

これからはもう少し、
 
困っている人に
優しくできる気がします。


特に、車椅子と松葉杖の人には。 



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人助けてもらう勇気

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そんなふうに、
 
本当に色々な方に
助けていただいたのですが、

そのこと自体、
骨折前の自分が見たら
驚いたかもしれません。

あるいは、
情けないと嘆いたかもしれません。

 ☆ ☆ ☆

なぜかというと、

骨折するまでは、
(心の何処かで、)

大抵のことは自分ひとりで
何とかできると思っていたからです。

それはもちろん、
あまりに馬鹿な考えなのですが、

正直、そういう傲慢さが
少しはあったように思います。

 ☆ ☆ ☆

誰かに頼るのは、

その借りを返さなきゃいけない
のが嫌でした。

ひとりが楽でいい。

誰かに同情されて助けてもらって、
恥をさらすくらいなら、
 
我慢した方がいい、と。

 ☆ ☆ ☆

ところが、
足の甲の骨をたかだか
一本折っただけで、

私は随分と弱っちい存在に
なりました。

コンビニに
飯を買いに行くこともできない
人間になってしまったのです。


でも、そのおかげで、
 
誰かに頼るしか無い状態に
追い込まれたおかげで、

初めて他人に頼る勇気を持てました。

帳尻は後で合わせれば良いや、と。

 ☆ ☆ ☆

これからはもっと人に頼って、

その恩返しをしながら、 
生きたいと思います。

やられたらやり返す。
倍返しだ。



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明るい未来

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骨折してからの1ヶ月は、

レントゲンをとってもとっても
良くならず、

辛い日々が続きました。


反対にその後の1ヶ月は、

レントゲン結果もどんどん
良くなっていきましたし、

実際に、身体の感覚としても
日々、回復が実感できる
期間でした。

行動範囲も拡大していきました。


一週間経つと、
今まで行けなかった場所に行ける。

RPGで船や飛行船を
手に入れたような感覚です。

 ☆ ☆ ☆

ここで感じたことは、

「今日」よりも絶対に良くなる
「明日」の、

何と待ち遠しいことか!

ということです。

明治維新や
高度経済成長期など、

かつてはそういう感覚を
国全体で共有できた時代が
あったのかもしれません。

 ☆ ☆ ☆

でも、
 
今は放っておいても
明日が良くなる時代では

残念ながらありません。

それでも、

明日を今日よりも
もっと良くしようすることは

なんともワクワクすることです。
 
 ☆ ☆ ☆

三ヶ月後、一年後、三年後、

自分や周りの人間の

いまよりももっと幸せな毎日を
具体的にイメージして、 
 
総力を将来の建設に傾け、
誓って未来が明るさを信じて、

突っ走っていきたいと思えました。



それもこれも、生まれて初めて
骨を折ったおかげで。
 



注意:人によって感じ方が違います。なお、筆者は大げさです。