「山手商事」に勤める田端は、入社四年目を迎える今年の春、営業部に異動となった。
 
 山手商事はオランダのメーカー「スピノザ」の日本総代理店であり、スピノザの製造する掃除機「スピノザ エチカ」は静音軽量でも日本製並の吸引力を持っていると、家電好きの間では知られた製品だった。営業部では小売店に対して山手商事のメイン商品である掃除機を売っている。

 田端は「山手商事」で初めての新卒採用社員として三年前に入社し、はじめの三年間をマーケティング部で過ごした。なぜ新卒で入ってすぐにマーケティング部に配属されたかというと、当時、山手商事ではインターネット上での直販サイトの立上げが行われており、田端は若者で少なくとも社内にいる壮年の社員たちよりはネットのことがわかるということで、配属されていたのだ。

 直販プロジェクトをリードしていたのはマーケティング部の品川で30代後半の優秀な男だったが、本丸である企画課員を兼務しており、当時は品川以外にネットに明るい者がいなかった。田端は品川とふたりで直販サイトを立上げて、一応は直販サイトが機能するようになったところで、営業部へ異動となった。

 営業部長の上野は昔気質の男で、怒らせると怖いが面倒見は良いと評判の男だった。社長の神田とは旧知の仲で、山手商事が社員数名だった頃にはじめはアルバイトで入社したという。

 田端が配属された第一課では大手家電量販店本部への営業を担当している。配属されて一ヶ月ほどが経過した今日、部長の上野も出席する営業「幹部」会議に出席を許された。

 幹部会には部長の上野以下、一課長の駒込、二課長の巣鴨、それに都度、起案者が呼ばれる。田端は、この夏に発売される新商品『エチカQED』の担当となったため、今日はその販売状況の進捗報告だ。資料は課長の駒込から指示された通りに作ってある。

駒込:田端くん、君の『QED』の報告、今度の幹部会議で君から部長に報告してみるかい?

田端:私がですか? そんな……私は異動したてで、今回も中身は殆ど課長に教えていただいたものですから、遠慮しておきます。

駒込:でも、君は異動してから、最初の飲み会以外で殆ど部長と話してないだろう。知っての通り、うちの部は部長のワンマンだ。ここで部長にいいところを見せておいてくれほうが、私も何かと君を応援しやすいんだよ。

田端:そうなんですか。私は課長に認めていただければ、それだけで嬉しいですけど。

駒込:それだけじゃだめなんだよ。うちに来たからには、うちの部のやり方に従った方がいい。田端くんなら、もともと、自分が胸を張って説明できるクオリティで仕事してくれているだろうから、そんなに焦ることもないだろう。

田端:それはそうですが、部長は厳しい方だと聞いてますし、何より、私みたいな若手が幹部の会議で説明などして良いものかどうか。

駒込:今回の報告では、予算に対する進捗は75%。発売3ヶ月前としては上々すぎるくらいだ。結果が良い時にいい印象を与えておいたほうが、後が楽だぞ。

田端:そうですかね。

駒込:君もマーケ部にいたのなら、75%がどんな意味を持つか、わかるだろう。それじゃ、頼んだよ。

田端:はい……。

こんな経緯で引き受けたのだった。
そして、会議の当日——。

(このエピソードはフィクションであり、実在する人物・地名・団体とは一切関係ありません。)