その店は様々な飲み屋の入った、入り組んだ構造の雑居ビルの一角にあった。
(田端:あれ、誰もいない……?)

※続きものですので
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新春特別連載「山手商事」


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田端:すいませーん!

女性:あら、アナタが田端さん?

田端:はい。俺が田端でーす!

女性:ふふ、だいぶお酒を召してるようね。

田端:三時から飲んでまーす!

女性:いいわ、そこへどうぞ。まずはお水かしら。

田端:はい!水割りで!

女性:ふふふ

田端:誰もいないんですね。

女性:そりゃあまだ七時だもの。

田端:寂しくないの。

女性:普段は九時からしか開けてないのよ。今日は特別。

田端:俺のために?

女性:そうよ。

田端:じゃあ、二人っきりだ。

女性:ふふふ、そうね。

田端:ずいぶん若いけど、オーナーじゃないよね。

女性:違うわよ。でも、店には私しかいないわ。このお店、狭いでしょ。客席もカウンター5席しかない
けど、裏も狭いの。だからひとりが限界。

田端:何歳?

女性:ふふ。これでもあなたが思ってるより、ずっと先輩よ。

田端:そうなの?大学生じゃないの。

女性:……もう、困った方ね。私はサクラスのあさひよ。宜しくね。

田端:あさひ……さん。あさひさんは、課長とは長いんですか?

あさひ:課長?ああ、駒込さんね。そうねえ。駒込さんとは、10年以上になるかしら。

(田端:ええーっ?……一体この人、何歳なんだ……)

あさひ:言ったでしょう。田端さんよりも先輩だって。

田端:そうなんですね。でもそしたら、悪いことはできませんね。

あさひ:悪いことって、ちょっと! どっちにしたってダメですからね。

田端:こんな美人を前にして、口説くこともできないなんて、拷問です。

あさひ:あら、お上手ね。口説くのは自由だけど、田端さんみたいないい男は、もっと若い子を口説かなくっちゃ勿体ないわ。

田端:そんなー! ……でも、なんで課長はこちらの店に行けって言ったんだろう。もしかして……そういうことですか?

あさひ:あら、私と駒込さんの間には何にもないわよ。うちにとっては、大事なお客さまというだけ。それに、私が今日いるのは、シフトの巡り合わせでたまたまだし。

田端:本当ですか……。

あさひ:そうよ。それと、今日のお代は、駒込さんから予めいただいてるから心配いらないわ。

田端:え……いくら飲んでもいいんですか。

あさひ:ふふふ。そうよ。でもお店のお酒が無くなったらおしまい。

田端:いや、そんなには飲めません!

 あさひは急に真顔になると、身を乗り出して田端に耳打ちした。

あさひ:ここ本当はすっごい高いのよ。

 あやしく微笑むあさひ。告げられた内容よりも、間近であさひの吐息を感じた田端はそのことにドキドキしていた。

 ☆

 その頃、駒込は、部長の上野のもとへ合流していた。

上野:お疲れさん。どうだった。
 
駒込:相当、落ち込んでましたね。でも、大丈夫だと思います。

上野:最近の若いやつは、ちょっと言うとすぐ会社に来れなくなるからな。

駒込:評論は達者なくせに、自分が言われると弱いんですよね。

上野:明日ちょっと早めに出社するように言っておいたか。

駒込:はい。言っておきました。

上野:あいつはいま、「研修室」か。

駒込:はい。

上野:今日は誰なんだ。

駒込:やまとだったので、あさひに替わってもらいました。

上野:あのガキのために特別シフトじゃ、店もたまんねえなあ。

駒込:最近じゃあの店は、うちの部の「研修室」みたいになってますからね。

上野:そうだよな。まあ、もともとママのさくらは神田さんの紹介だし、店が儲かってるうちは文句も出
ねえだろう。人事部の研修はひとっつも役に立たねえしな。

駒込:こないだなんか、半分くらいの社員がマナー研修に遅刻していったらしいですからね。

上野:おいおい、うちの部じゃないだろうな。

駒込:うちはゼロですよ。それが、中には人事部の社員もいたとかで、問題になったみたいですよ。

上野:まあ、結局は気持ちひとつなんだよ。知識とか技術の問題じゃねえ。そこがわかってねえんだよなあ。

駒込:そう考えると、あの研修はもうしばらく必要ですね。


つづく