翌朝、田端は朝一番に出勤する途中、スマホと向き合っていた。

田端M:相手を主人公にした小説……か

田端M:どうせなら、人気のスマホ投稿サイト『エブリスタ』にでも投稿してみるか

田端M:主人公は、あの忌まわしい上野にしよう。くそー。思い出すだけでも腹が立ってきた

田端M:『俺が上野だ。何だかムシャクシャする。田端でも叱りつけるか。ぐへへへへ』

田端M:……。

田端M:こんな馬鹿な主人公がいるわけないな

田端M:でも、あんな馬鹿な上司を主人公にしていいのか

田端M:あさひさんからの宿題だからな……仕方ない

田端M:…………。

田端M:いざ、書こうとすると、全然部長のことがわからん。

田端M:昨日の場面になるまでの物語のあらすじもわからないし、部長のキャラクターもわからん

田端M:俺って本当に、周りの人に興味ないのかな……

田端M:てか、俺以外の人はみんなもっと興味あるのか? 俺だけ? 自分しか見えてなかったの

田端M:1ページも書けないままもうすぐ会社についてしまう……。部長の小説は後回しだ。会社に誰かいた場合のことを考えておこう。

田端M:仮に、俺が派遣の日暮里さんだったとしたら、どう思うかな。

田端M:『田端くん、可哀想……?』 いや、『また上野のオッサンの恫喝がはじまった』? いや、それは俺びいきすぎるな

田端M:『うわー田端のアホのせいで、部長機嫌悪くなってんじゃんサイアク』とか『私じゃなくてよかった』とか?

田端M:なんか現実を考えたらブルーになってきたぞ。

田端M:日暮里さんがターゲットになるわけないから『私じゃなくてよかった』はないな。彼女の場合。

田端M:待てよ。俺が異動でやってくる前は、誰か同じようにやられてたのかな。……大久保さんかな。大久保さんは『田端にターゲットが移ったかも?ほっ』とか思ってるのかな。うーむ。

田端M:わからん。考えるんだ。考えるんだ、タバター!タバター!タッバター!


* * *

田端M:……結局、会社に着いてしまった。
 
田端M:予定通り、一番乗り……いや、誰かいるぞ?

巣鴨:おはよう。珍しいな。

田端:!? 巣鴨さん!

巣鴨:かっかっか。お主、昨日はこっぴどくやられてたな。

田端:いやあ、お恥ずかしいです。

巣鴨:しかし、次の日の朝にこんな早く来るなんて、感心じゃな。朝一番で謝りに来たのか笑

田端:いや……昨日早く帰ってしまったんで……。

田端:(……謝りに?……というのは部長に、ということだろうか)

田端:巣鴨さん、いつもこんなに早く来ているのですか。

巣鴨:ん? そうじゃよ。年寄りは早起きしてしまうでな。

田端:(課長がこんなに早く来たんじゃ、二課はみんな大変だな)

巣鴨:なに、みんなには、適当な時間に出社するように言ってある

田端:そ、そうなんですね。ところで、昨日は皆さんの会議をあんな風にしてしまってすみませんでし
た。巣鴨さんも提出する議案があったんですよね。

巣鴨:ハッハッハ。あんな目にあったのに、ワシの心配をしてくれるのか。できたやつじゃのう。でも、それなら心配いらん。お主が怒られすぎたせいで、ワシらの議案はすっと通ったわ。

田端:そ、それは良かったです。

田端:(何だか腹立つけど、『俺のせいで誰かが巻き添えを食った』という状況に比べたら、遥かにこの方がマシだな)

巣鴨:むむむ。お主、昨日と顔つきが違うな。

田端:そうですか……? 

田端:(あさひさんに会ったからだろうか) 

大久保:おはようございます。

巣鴨:おはよう。

田端:大久保さん、おはようございます。

巣鴨:なんか今日は疲れとるのう。

田端:(?)

大久保:!! すみません。昨日遅かったので、つい。

巣鴨:ゲームか。

大久保:すみません、昨日発売だったんで。いけませんね。シャキッとします。

田端:(!)

巣鴨:イタバシアキバの店長なんかも、相当なゲーマーらしいの。

大久保:そうなんです! あそこのゲームコーナーは凄いですよ。

巣鴨:今度、会ってみるか。

大久保:本当ですか! 課長、ご存知なんですか。

巣鴨:かっかっか。ワシに会えん人はいない。

目白:おはようございます。

巣鴨:おはよう。おっ、なんか今日は楽しそうじゃな。

目白:えっ!? 実は……

 * * *

田端M:なるほど、巣鴨さんはすごい。無駄に朝早く来てるんじゃないんだな。

田端M:朝一番に来ることで、課員一人ひとりと顔を会わせて話せる。

田端M:しかも、ただ話すだけじゃない。課員たちの状態を確認している。

田端M:正直、巣鴨さんって、いままで何もしないで椅子に座っているボケた爺さんだと思ってたけど、違った。

田端:(声を潜めて)巣鴨さん、巣鴨さんって凄いですね。

巣鴨:むむむ。何がじゃ。

田端:何で顔を見ただけで、皆さんの状態がわかるんですか。


巣鴨:なーに、当たり前じゃ。ワシの課は5人じゃろう。でも、ワシはもう対して働けん笑。

田端:いやいや……

巣鴨:そうすると、簡単な算数なんじゃが、ワシ以外の4人が5人分働かなきゃならん。

田端:はぁ。

巣鴨:ワシは、皆の仕事が2割楽になるようにしとるだけじゃ。

田端:そ、そうですか。

田端:(2割楽に?……そうか。なるほど。例えば5時間かかるものを4時間にする。それで、生産性を25%増にしてるということか)

田端M:巣鴨課長のこういった仕事のスタイルは、今日、朝一で会社に来てみるまで、わからなかった。

田端M:もしかしたら、こういう仕事のスタイルが、人数分あるのかもしれないな。これは面白い。

田端M:以外と無駄だと思ってて避けてたことの中に、仕事のヒントがあるのかもしれない。
 
田端M:それに、これだけみんなのことを把握している巣鴨課長だったら、課員を主人公にした小説も簡単に書けそうだ。

田端M:『上野部長を主人公にした小説』だって、俺には書けないけど、きっと巣鴨さんには書けるんだろう。

田端M:あさひさんが言っていた、『他人に興味を持つ』ってこういうことなのかな。

田端M:何だか面白くなってきたぞ。



田端の新しい社会人生活が始まった。