「チーターは足は速いが、もっと速くなるために100mを何本も走って練習したりすることはない」何かの雑誌でどこかの偉い人が言っていた言葉だ。10年以上前なので、申し訳ないが出典が思い出せない。

 「練習」が大切か?については、賛否両論あると思う。つまり、しかし、私がこのチーターの話で重要なのは「もっと速くなりたい」という目的の部分なのではないかと思う。つまり、人間を人間らしくしているのは、「生存」という目的を超えて「自己実現」を目的としていることにあり、その手段たる「練習」の部分については今日はおいておく。

 「最近の若い者は・・・」という壁画の時代から語り尽くされたフレーズの後で話題に上がることが多くなった「向上心」や「欲」だが、「物欲」は無くしてもいいが「自分への期待」は無くさない方がいいというのが私の持論である。「成長」の弊害を指摘するのは簡単だし、「現状維持」は楽だ。しかし、勿体なくはないだろうか。もともと誰にでも色々な可能性があって、テクノロジーが発達した現代、才能の発揮の機会は広く開かれている。

 「実存は本質に先立つ」時代だからこそ本質は自ら勝ち取るべきだ、と言うのは時代遅れかもしれない。しかし、ポストモダン以降も物事が分散化・量子化しただけで、本質的な構造は変わらない。つまり、かつて30年かけていた自己実現が1ヶ月単位に短縮されただけだ。「練習しないチーター」でいることのリスクはむしろ高まっている。