イケガミコフ『21世紀の生存戦略』

新卒外資コンサルからIT企業社長となった著者が、自身の備忘も兼ねて日々の心境を綴るブログ。なるべく毎日更新。読者の皆さんと一緒に21世紀を生き抜く力をつけていくのが目的です。左脳的切り口で右脳的題材でも取扱うことを特徴として、世の中の出来事から、その裏にある時代性を読み解いていければと思います。その上で、時代性に合う生き方、新しい生きる力を提案し、自らも実践したい。なかでも、個人が個性を発揮して生きることをメインテーマに据えたいと考えています。

ブラックスワン対策

人生初の骨折が教えてくれた5つのこと

お蔭様で、骨もつながってきました。

9月の初めに骨折してから
これまでの、不自由な2ヶ月間、

禁煙という拾い物もしましたが、


もう少し得るものがなければ

折れて少しサイズアップした右足も、
かわいそうです。


だから今日は、
骨を折って気付かされたことを

自分のために書き留めておきたい
と思います。


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当たり前の大切さ

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骨を折って、当たり前のことが、
全くできなくなりました。


電車に乗ることはもちろん、

最寄りのコンビニに
食べ物を買いに行くことでさえ

難易度の高い課題に変わりました。

シャワーを浴びるなんてことは勿論、
トイレに行くことすら面倒な毎日。

 ☆ ☆ ☆

私は普段、どちらかというと
変化のない毎日が大嫌いで、

一日として同じような日は
過ごしたくない、

などと思っているほうなのですが、


健康で平和な日々の
それだけで
 
何と有難かったことか!

 ☆ ☆ ☆

もちろん平穏な日々に甘えて
堕落してはいけないのですが、

理想の追求を急ぐあまり、
その基礎となる部分を、

健康をはじめとする
「当たり前」の部分を、

軽んじてはいけない
強く思いました。

 ☆ ☆ ☆

車に乗ったら、
安全第一!

タバコはやめて、
健康第一!



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毎日の非連続性

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そんなふうに当たり前のことが
突然できなくなって、

私の毎日は180度変わりました。

(わずか2段、足を踏み外して
階段から落ちただけで!)

 ☆ ☆ ☆

実はこの感覚は、

今の時代を生き抜く上で、

絶対に忘れてはならないこと
だと思います。


科学も哲学も
より複雑なものを扱い、

爆発的な情報量が流通する
不確実性の高い今の時代は、

ある日突然、

想像もしていなかったことが
起こる時代だからです。

 ☆ ☆ ☆

現代では、
どんなに堅実な人でも、

近代の頃ように
計画的な人生は送れません。

佐賀藩士が(死ぬべき時に
迷いなく死ねるように)

毎朝死ぬ練習をしていた・・・

ということを思い出しつつ、


いつ、何が起きても
おかしくない!

今やれることは今でしょ!と

毎日を、今この瞬間を、

今まで以上に一生懸命、
全力で生きる

ことに決めました。

 ☆ ☆ ☆

今日できることは、
今日やっちゃいましょう 。

たとえそれがプロポーズでも。 



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人の親切の有難さ

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骨折したその日、

ファミリーマートで
汗だくになって

松葉杖と買い物カゴと
格闘していた私を

救ってくれたのは
イチロー風のお兄さんでした。

 ☆ ☆ ☆

雨が降った日には、

工事現場のおじさんが
車椅子を押してくれました。


近所の警備員さんには、
しょっちゅう車椅子を
タクシーに乗せてもらいました。

周りの方々はもちろん、
見知らぬ方々にまで、

本当に色々な方に
助けていただきました。

 ☆ ☆ ☆

いま振り返ると、

こんな風に
本当に困っていた時に
してもらった親切は、

普段とはまた「違うもの」
のような感覚でした。


もちろん、普段から
人に親切にしてもらうことは
気持ちのいいものです。

でも、それとは
根本的に何かが違ったのです。

人の親切のありがたみは、

自分が本当に困って初めて
わかるものなのかも

しれません。

 ☆ ☆ ☆

これからはもう少し、
 
困っている人に
優しくできる気がします。


特に、車椅子と松葉杖の人には。 



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人助けてもらう勇気

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そんなふうに、
 
本当に色々な方に
助けていただいたのですが、

そのこと自体、
骨折前の自分が見たら
驚いたかもしれません。

あるいは、
情けないと嘆いたかもしれません。

 ☆ ☆ ☆

なぜかというと、

骨折するまでは、
(心の何処かで、)

大抵のことは自分ひとりで
何とかできると思っていたからです。

それはもちろん、
あまりに馬鹿な考えなのですが、

正直、そういう傲慢さが
少しはあったように思います。

 ☆ ☆ ☆

誰かに頼るのは、

その借りを返さなきゃいけない
のが嫌でした。

ひとりが楽でいい。

誰かに同情されて助けてもらって、
恥をさらすくらいなら、
 
我慢した方がいい、と。

 ☆ ☆ ☆

ところが、
足の甲の骨をたかだか
一本折っただけで、

私は随分と弱っちい存在に
なりました。

コンビニに
飯を買いに行くこともできない
人間になってしまったのです。


でも、そのおかげで、
 
誰かに頼るしか無い状態に
追い込まれたおかげで、

初めて他人に頼る勇気を持てました。

帳尻は後で合わせれば良いや、と。

 ☆ ☆ ☆

これからはもっと人に頼って、

その恩返しをしながら、 
生きたいと思います。

やられたらやり返す。
倍返しだ。



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明るい未来

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骨折してからの1ヶ月は、

レントゲンをとってもとっても
良くならず、

辛い日々が続きました。


反対にその後の1ヶ月は、

レントゲン結果もどんどん
良くなっていきましたし、

実際に、身体の感覚としても
日々、回復が実感できる
期間でした。

行動範囲も拡大していきました。


一週間経つと、
今まで行けなかった場所に行ける。

RPGで船や飛行船を
手に入れたような感覚です。

 ☆ ☆ ☆

ここで感じたことは、

「今日」よりも絶対に良くなる
「明日」の、

何と待ち遠しいことか!

ということです。

明治維新や
高度経済成長期など、

かつてはそういう感覚を
国全体で共有できた時代が
あったのかもしれません。

 ☆ ☆ ☆

でも、
 
今は放っておいても
明日が良くなる時代では

残念ながらありません。

それでも、

明日を今日よりも
もっと良くしようすることは

なんともワクワクすることです。
 
 ☆ ☆ ☆

三ヶ月後、一年後、三年後、

自分や周りの人間の

いまよりももっと幸せな毎日を
具体的にイメージして、 
 
総力を将来の建設に傾け、
誓って未来が明るさを信じて、

突っ走っていきたいと思えました。



それもこれも、生まれて初めて
骨を折ったおかげで。
 



注意:人によって感じ方が違います。なお、筆者は大げさです。



当たり前のようで当たり前じゃないこと

昨晩、ぼくは
自宅マンションの玄関前で
途方にくれていた。

こんなことは、
冬に家の鍵を無くしたとき以来だ。


今回、鍵は持っていた。

代わりに無かったのは、
片足の自由だった。


ひょんなことから骨折したのだ。



病院で松葉杖をもらった時は、
これさえあれば、どこへでも行ける
と胸を躍らせた。


しかし、実際は違っていた。


自宅から300メートルほど離れた
ファミマまで往復する間に

服は汗でびしょ濡れになり、
欲張って食べ物と飲み物を満載した
ファミマの袋はボロボロに引きちぎれ、

松葉杖は支える力を失った腕のかわりに
ぼくの脇にくいこんでいた。


周囲から
同情と好奇の視線を浴びながら、

ぼくは松葉杖に引きずられるように、
のろのろと進んだ。

10メートル進むごとに
杖に寄りかかって休みながら。



そうして、ようやく
自宅マンションの玄関前まで
たどり着いて、たまらず
手すりに座って一息ついたのだった。


いくら吸っても酸素が追いつかず、
代わりに汗は滝のように溢れ出て
地面に水溜りをつくりそうだった。



玄関前まで戻りながら、
こんな風に

しばらく休まなければ家に帰れない

という奇妙な状況は、もちろん、

この松葉杖が

このコンピュータとネットの時代に、

古典力学の原理しか使わない
クソッタレなポンコツ老いぼれ道具
だから

では、ない。


わが国が

下らないことにアホみたいに
税金を無駄遣いして

一向に
バリアフリー化が進まないから

でも、ない。


ひとえにぼくの
日ごろの運動不足である。


思えば、日ごろ、
ドアの開け閉め以外に
腕の筋肉を使うことなど無いし、

腹筋だって、
階段の昇り降り以外に使っていない。

もう少し鍛えておけばよかった。


こんなことでは、
天変地異で生命の危機に瀕したとき、

まっさきに死ぬことになるだろう。

そうなってからでは遅い。



また、

そんなふうに
日ごろの備えも大切だけど、

日ごろの当たり前への感謝も
忘れないようにしたいと、


失ってから気づく。


そういえば、
前回記事でも紹介した本に、
こんな歌が載っていた。

たのしみは
朝おきいでて
昨日まで

無かりし花の
咲ける見る時

(橘曙覧)



不自由な目にあって初めて

いつもの当たり前が
当たり前じゃない


ことに気づかされた。



未曾有の脅威(ブラックスワン)
が訪れる時代だからこそ、

日ごろの当たり前の幸せに感謝して、
それに胡坐をかかず
危機に備えることが大事だと

痛感した一日だった。








『たった一人の生還―「たか号」漂流二十七日間の闘い』を読んで

たった一人の生還―「たか号」漂流二十七日間の闘い (新潮文庫) [文庫]

読んでみた。


本書は
1991年の年末に開催された
ヨットレースの途中に遭難して、

救命ボートの上で
5人の仲間とともに

ひたすら助けを待って
27日間洋上を漂い続け、

奇跡的に助かった著者自身による
ノンフィクションである。

もともとヨットには7人の方が
乗っていたが、

ひとりの方はヨット転覆時に、
著者以外の5人の方は
救命ボートの上で亡くなっている。


 ★ ★ ★

以前、
映画『127時間』について書いた記事
では、

想定外の危機下において

すべきことを『断行する』勇気
逆算の重要性について書いた。


『127時間』との比較において
本書は、同じ危機下であっても、

(遺族の方への配慮のため
 という事情もあると思うが)

極めて日本的に進む。


つまり、逆算に基づく
ドラスティックな変革は行われず、

集団主義の下、

ただひたすらに困難に耐え抜く
『積上げ』式である。


6人で乗り込んだ
たたみ二畳ほどの救命ボート。

非常食のビスケットは流出して
1人分しかない。

ひのビスケットを均等に分けて
狭いボートで身を寄せ合い、

リーダーは力の限り
クルーを勇気づけ続けて
一番最初に逝き、

その奥様は、著者の帰還後、

「ちゃんとウチの人は、
 みんなを指揮していましたか」

と尋ねたという。


集団の和を重んじる
日本人ならではの良さが
あるように感じた。


もし個人主義のもと
極端に逆算をしたならば、

自分だけは助かるために
どんなことも厭わない人が
出てくるかもしれない。

一人でもそういう人がいたら
地獄絵図になっていたかもしれない。


個人主義と集団主義、

積上げと逆算、

どちらが正しいということは
一概には決められないだろうけど、

集団で漂流して、
助けが来るまで何時間か分からない
という本件では

日本的な集団主義、
積上げを徹底する道もあるのだ
と感じた。


 ★ ★ ★

なお、月並みだが、
こういった話を読むと、

本当に

日々、
普通に生きていることの
ありがたみ


を感じずにはいられない。


バイタリティ溢れる
カリスマ経営者の本を
立て続けに読んだ後だったという

個人的な文脈のせいも
あるのだけれど

著者が生を求めて
洋上を漂っている1日と、

自分の今日の1日が、
おんなじ長さだ!


ということに愕然とする。


個人的には、
(逆説的だけど、)

生のありがたみを感じれば
感じるほど、

『死狂い』でいくしかない。

つまり、
死んでもいいと思えることのために
毎日全力をつくす。



油断していると気が緩むけれど
こういう本を読むたびに
気は引き締まる。


(ハラハラしながら)すぐ読めて
それでいて気合いが入るので、

モードを切り替えたい人に
オススメの一冊です。

 
5月17日にビジネス書発売!
自己紹介
ユーゴスラビア生まれ。理工学部を卒業後、A.T.カーニーに入社。様々な業界のコンサルティングを手がけた後、エブリスタ立上げに携わり、同社代表取締役社長に就任。15年3月末に退任し、現在はメディア企業のデジタル戦略コンサルを手がける。グロービス経営大学院「ネットビジネス戦略」講師。
このブログについて
▼新卒外資コンサルからIT企業社長となった著者が、自身の備忘も兼ねて日々の心境を綴るブログ▼なるべく毎日更新▼読者の皆さんとご一緒に、私自身も「21世紀を生き抜く力を」つけていくのが目的です▼「左脳的切り口で右脳的題材も取扱う」ことを特徴に、世の中の出来事からその裏にある「時代性」を読み解いていければと思います▼その上で時代性に合う生き方、新しい生きる力を提案し、自らも実践していきます▼なかでも「個人が個性を発揮して生きる」ことを中心テーマに据えたいと考えています。
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