イケガミコフ『21世紀の生存戦略』

新卒外資コンサルからIT企業社長となった著者が、自身の備忘も兼ねて日々の心境を綴るブログ。なるべく毎日更新。読者の皆さんと一緒に21世紀を生き抜く力をつけていくのが目的です。左脳的切り口で右脳的題材でも取扱うことを特徴として、世の中の出来事から、その裏にある時代性を読み解いていければと思います。その上で、時代性に合う生き方、新しい生きる力を提案し、自らも実践したい。なかでも、個人が個性を発揮して生きることをメインテーマに据えたいと考えています。

生存戦略

今日は法政に勝ったか?

 通っていた高校のラグビー部の部室の外には、「今日は法政に勝ったか?」という看板が掲げられていた。高校の風景で他にこれといって記憶はないが、なぜかこの看板のことだけはよく憶えている。この看板、当時はただ「面白い看板だな」くらいの感覚だったと思うが、今思い返すととてもいい。

 「今日は法政に勝ったか?」という言葉には、一文字も無駄がない。「今日は」も「法政に」も「勝ったか?」も、全て。「今日は」という最初の三文字は「未来」よりも「現在」の価値が高まった、不確実性の高い現代を予測していたのだろうか。最後の「勝ったか」という言葉は反対に、成熟した現代において私たちが忘れつつある概念だが、この看板は「それでいいのか」と問いかけているようだ。人生勝ち負けはなくても、人間に生まれたからには目標は持つべきではないか、と。もちろん現代においてはその目標に多様性が認められるべきであり、だからこそ「法政に」という言葉がちゃんと入っている。具体的な目標だ。

 先日、徒競走で「順位をつけない」運動会が、空想ではなく実在するという話を聞いて頭がクラクラした。「世界でひとつだけの花」になるのは心地よいが、市場で評価されない花ばかりが生み出され、長い目で見ると全員で「ゆでガエル」となっていたのでは本末転倒だ。これ以上、日本社会にゆでカエルを送り込まないでいただきたい。

 今日の目標がないのに、10年後の夢を語る人間は自分を欺く詐欺師だ。具体的なベンチマークがなく個性を叫ぶ人間は何者にもなれない。勝ち負けは関係ないと言っている人間は、はじめから負ける言い訳をしているのだから勝てるわけがない。「今日は法政に勝ったか?」という言葉はそうした甘えの前にたった10文字で、厳然と存在する。あの看板は、まだ母校に掲げられているだろうか。

気がつけばそこは仮面舞踏会

ずいぶん前から,プリクラがすごい.

目が大きくなったり肌が白くなったり
もう誰だかわかんないくらいカワイク撮れている

これはこれで,撮られるほうも大変だ
みんな同じ顔になるから
顔以外のところで個性を出さないといけない

ネット上のバーチャルなコミュニティにも
おなじことは当てはまる
見た目などの物質的な差異は関係なくて、
形質的な差異やそこからくる行動(発言)の差異の
重要性が増している

もちろん,外見は大事だ
じぶんらしい外見を大事にした方が良い
一方で,外見は
ぼくたちのコントロールが及ばないことも多い

そのためだろうか,オトナなコミュニティほど
中身の充実が求められる

バーチャルなコミュニティ で高い満足を得るためにも,
オトナなコミュニティで認められるためにも

誇れる中身の開発は,大事だ
 
もし現実世界でも,みんな同じ顔,同じ姿をしていたら,
あなたはあなただと認知されるだろうか


ほんとうに必要な5つの力

本当に必要なものは,
詰め込み型教育でなくて,何なのか

社会のやくにたつひと
生まれてきてよかったと思えるひと
を育てることを目的にした場合,
こんな力ではないでしようか

メモリに格納しやすいよう語呂合わせとともに

<5Ds to make your dreams come true>

1.  design 
 地図を描き,目的地を決める

2. deside
 情報収集し,最適解を見つめる

4. drive
 行動し,やり抜く

5. delight
 周囲を魅了し,味方につける

6. discover
 本質を見抜き,幅広く援用する



詰め込み型教育の末路

詰め込み型教育は,昔は良かった

情報そのものに希少価値があったし
製造業の現場は各所で最大限の業務改善が求められた

市場が拡大する中で
人材も画一的なものを大量生産する必要があった

個人は
必ずしもその人でなくてもできる役割を続けて一生を終え
それに疑問を持つことは無かった

今は悲惨である

情報は氾濫し,情報そのものの価値は低下
製造業ではサービスとの連携や
イノベーションが求められるようになった

国内市場は成熟し差別化が必要になった

そうした中で詰め込み型教育を受けた個人は
社会人としての価値を失っただけではない
 
実態を伴わない「価値観の多様化」が喧伝されるなかで
自分を見失った

詰め込まれる器としての記憶装置に徹するなら
確かに価格は暴落しているけど死ぬわけじゃない
けれども多くのひとは「値下げ」に耐えられない

俺の人生はこんなはずじゃないとか何とか言って
記憶装置でしかない自分の価値に向き合えず,
自分らしさや理想像と社会的な役割の間のギャップに苦しむ

就活で悩む学生も多いけれど,
入社してから苦しむ新社会人はもっと多い

そうならないために,早めに武器を手に取った方が良い 

 

最悪の再帰関数,学校教育

学校はなぜそれほどまで意味の無いことを教えるのか

それはいまの学校教育が(ある意味とても素直に)
「教える側の都合」を反映したものであるからだと思っている

つまり誰も悪くないけど
構造的にそうなってしまっている

教師や教育委員会,役所にとって一番嫌なのは,
失敗して非難されたり,責任を問われたりすることで

学校を卒業した生徒が,社会で活躍しようと,
人生に絶望して中央線のお世話になろうと,
教える側にとっては関係のないことで
失敗したり非難されたりしないために
いまの詰め込み教育はとっても都合が良い

だって正解が客観的にきまっているから
教え方や採点 を間違えるわけがないんだもん

きわめて納得のいく話だ

 教える側だって人間で
家族だっていて,生活だってかかっている
 
昆虫の脚は6本です
縄文時代の住居は竪穴式で
とか,言っていれば良いだけ

下手に人類の進化のスピードは不自然に早くないか
日本はなぜ戦争をしなければならなかったのか
とか,議論を呼ぶことを扱うと

保護者からクレームが入ったり
生徒の質問に答えられずに信用を失ったり
ろくなことがない 

自身の保身に走ってそれでも教育者か
と怒りが湧いてくるかと言われると
彼らに悪気はなくて,

「事なかれ主義」「プロダクトアウト(生産側の都合優先)」
の教育を受けてきたから
その原理に従って行動しているだけ

教師やになったかつての生徒が
また教師になって生徒を
「事なかれ主義」や「プロダクトアウト」に染め上げる

こうした負の連鎖はどこかで断ち切らなければ ならない
あなたは被害者になっていないか


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自己紹介
ユーゴスラビア生まれ。理工学部を卒業後、A.T.カーニーに入社。様々な業界のコンサルティングを手がけた後、エブリスタ立上げに携わり、同社代表取締役社長に就任。15年3月末に退任し、現在はメディア企業のデジタル戦略コンサルを手がける。グロービス経営大学院「ネットビジネス戦略」講師。
このブログについて
▼新卒外資コンサルからIT企業社長となった著者が、自身の備忘も兼ねて日々の心境を綴るブログ▼なるべく毎日更新▼読者の皆さんとご一緒に、私自身も「21世紀を生き抜く力を」つけていくのが目的です▼「左脳的切り口で右脳的題材も取扱う」ことを特徴に、世の中の出来事からその裏にある「時代性」を読み解いていければと思います▼その上で時代性に合う生き方、新しい生きる力を提案し、自らも実践していきます▼なかでも「個人が個性を発揮して生きる」ことを中心テーマに据えたいと考えています。
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