イケガミコフ『21世紀の生存戦略』

新卒外資コンサルからIT企業社長となった著者が、自身の備忘も兼ねて日々の心境を綴るブログ。なるべく毎日更新。読者の皆さんと一緒に21世紀を生き抜く力をつけていくのが目的です。左脳的切り口で右脳的題材でも取扱うことを特徴として、世の中の出来事から、その裏にある時代性を読み解いていければと思います。その上で、時代性に合う生き方、新しい生きる力を提案し、自らも実践したい。なかでも、個人が個性を発揮して生きることをメインテーマに据えたいと考えています。

新春特別連載「山手商事」

新春特別連載、「山手商事」企業ドラマ(1)

「山手商事」に勤める田端は、入社四年目を迎える今年の春、営業部に異動となった。
 
 山手商事はオランダのメーカー「スピノザ」の日本総代理店であり、スピノザの製造する掃除機「スピノザ エチカ」は静音軽量でも日本製並の吸引力を持っていると、家電好きの間では知られた製品だった。営業部では小売店に対して山手商事のメイン商品である掃除機を売っている。

 田端は「山手商事」で初めての新卒採用社員として三年前に入社し、はじめの三年間をマーケティング部で過ごした。なぜ新卒で入ってすぐにマーケティング部に配属されたかというと、当時、山手商事ではインターネット上での直販サイトの立上げが行われており、田端は若者で少なくとも社内にいる壮年の社員たちよりはネットのことがわかるということで、配属されていたのだ。

 直販プロジェクトをリードしていたのはマーケティング部の品川で30代後半の優秀な男だったが、本丸である企画課員を兼務しており、当時は品川以外にネットに明るい者がいなかった。田端は品川とふたりで直販サイトを立上げて、一応は直販サイトが機能するようになったところで、営業部へ異動となった。

 営業部長の上野は昔気質の男で、怒らせると怖いが面倒見は良いと評判の男だった。社長の神田とは旧知の仲で、山手商事が社員数名だった頃にはじめはアルバイトで入社したという。

 田端が配属された第一課では大手家電量販店本部への営業を担当している。配属されて一ヶ月ほどが経過した今日、部長の上野も出席する営業「幹部」会議に出席を許された。

 幹部会には部長の上野以下、一課長の駒込、二課長の巣鴨、それに都度、起案者が呼ばれる。田端は、この夏に発売される新商品『エチカQED』の担当となったため、今日はその販売状況の進捗報告だ。資料は課長の駒込から指示された通りに作ってある。

駒込:田端くん、君の『QED』の報告、今度の幹部会議で君から部長に報告してみるかい?

田端:私がですか? そんな……私は異動したてで、今回も中身は殆ど課長に教えていただいたものですから、遠慮しておきます。

駒込:でも、君は異動してから、最初の飲み会以外で殆ど部長と話してないだろう。知っての通り、うちの部は部長のワンマンだ。ここで部長にいいところを見せておいてくれほうが、私も何かと君を応援しやすいんだよ。

田端:そうなんですか。私は課長に認めていただければ、それだけで嬉しいですけど。

駒込:それだけじゃだめなんだよ。うちに来たからには、うちの部のやり方に従った方がいい。田端くんなら、もともと、自分が胸を張って説明できるクオリティで仕事してくれているだろうから、そんなに焦ることもないだろう。

田端:それはそうですが、部長は厳しい方だと聞いてますし、何より、私みたいな若手が幹部の会議で説明などして良いものかどうか。

駒込:今回の報告では、予算に対する進捗は75%。発売3ヶ月前としては上々すぎるくらいだ。結果が良い時にいい印象を与えておいたほうが、後が楽だぞ。

田端:そうですかね。

駒込:君もマーケ部にいたのなら、75%がどんな意味を持つか、わかるだろう。それじゃ、頼んだよ。

田端:はい……。

こんな経緯で引き受けたのだった。
そして、会議の当日——。

(このエピソードはフィクションであり、実在する人物・地名・団体とは一切関係ありません。)

企業ドラマ(2)怒り出す上司

会議の当日——。
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☆゚+.☆゚+.☆゚+.☆゚+.

「当社の新商品『エチカQED』の受注状況ですが、タナカデンキが5千、ビックリカメラが3千…」
 
田端は用意した資料の説明を始めた。机の向かい側、日差しの差し込む窓を背に、部長の上野が大きな身体をかがめてパラパラと資料をめくっている。

「現在のところ、目標の2万台に対して1万5千台というところまできており…」

田端が1枚目の資料の真ん中あたりを読み上げていた頃、

「ちょっと待って」と上野がそれを遮った。

「これさ、ビックリカメラ3千台ってことはないでしょ」

上野は3ページ目の、小売店別の数字を見ていた。

田端:いえ、ビックリカメラは3千台です……。

上野:今の『エチカ』が6千台なのに、なんで半分になってるの。

田端:ビックリの商品部とは先週もかけあったのですが、なんでも家電売り場全体が縮小されているみたいで、家電担当のそのバイヤーも困っているようでした。

上野:売り場は見たのか

田端:ま、まあ、少し……。

上野:縮小されてたのか

田端:前の状態がわからないので、なんとも……。

(これは、マズい……)

 みるみるうちに、上野が不機嫌になっていくのがわかった。

上野:何で前の状態がわからないんだ。お前、マーケ部にいたんだろう。マーケ部はうちの一番のお客さまであるビックリカメラのことはどうでもいいのか。

田端:あ、いえ……。

上野:それで、うちの掃除機はどこに置かれてた。商品部に行ったってことは、有楽町だろう。有楽町のどこに置かれてた。

田端:3階です。

上野:そんなことはわかってんだよ。3階のどこだよ。

田端:……。

上野:覚えてねえのか。見てねえのか。

田端:ちらっとは見たんですけど、正確には……。

上野:ふざけんな!それは見たうちに入んねえんだよ!

 上野は会議室に怒号を響かせて、田端に向かって、資料を投げつけた。
 幸い、4枚綴の薄い資料だったので、空気の抵抗で田端までは届かず、空を舞った。

田端:……。

 田端はすっかり青ざめた。

上野:お前、いまなんで怒られてるかわかるか。

田端:はい……。げ、現場を見てこなかったからです。

上野:ちげーよ。見てねーのに、見たようなフリして誤魔化そうとしたからだよ。

田端:いえ……。はい……すみません……。

上野:俺はこれ以上嘘つきの話なんか聞きたくねえ。出てけよ。

田端:すみません、そんなつもりじゃ……。

上野:うるせー!出てけ!

 会議室に再び轟音が響き渡る。

 気がついたら田端は会議室の外にいた。

 上野の怒鳴り声は会議室の外からこぼれているどころではなかったはずで、部員は誰も田端と目を合わせようとしない。田端は恥ずかしくなって、なるべく平静を装いながら会社の外へ出た。

 気が動転していたのでケータイは持ってきたが、財布はおいてきてしまった。取りに戻ることもできないので、行くあてもなく公園のベンチに腰を下ろした。

(俺、この先どうなるんだろう)

 雲ひとつない5月の空を眺めていると、ケータイに着信があった。

「課長…」

 課長の駒込からだった。

駒込:田端くん、大丈夫。

田端:大丈夫じゃないです。……けど、僕が悪いんです。すみません。

駒込:部長はああいう風に誤魔化したりすることには厳しいからね。今、どこにいるの?今日は仕事終わりにして、飲みに行こうか。

田端:え?課長、いままだ三時ですよ。

駒込:たまには、三時から行くのもいいじゃない。行くよ。

田端:は、はい……。財布忘れたので、いったんデスクに戻ります。

駒込:わかった笑

田端:課長……。

駒込:何。

田端:今から十分後くらいには戻れると思うんですけど……その……やっぱり何でもないです。

駒込:何だよハッキリ言いなさい。ちなみに、部長はさっき十階の会議に行ったから、今日は部長に用があっても無理だからな。

田端:……! 有難うございます!

 営業部に異動してからの田端くんのキャリアは、前途洋々というわけには行かなそうである。

(このエピソードはフィクションであり、実在する人物・地名・団体とは一切関係ありません。)


企業ドラマ(3)上司side

 営業部に異動してからの田端くんのキャリアは、前途洋々というわけには行かなそうである。

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 上司という生き物は鬱陶しいものだ。

 莫大な量の仕事を振ってきて、残業するなと言ってきたり、部下には取引先に嫌なことを言う役を散々させておいて、自分はいい顔をしたりする。「根拠を言え」「言い訳をするな」「いいからやれ」「鵜呑みにするな」…理不尽にもほどがある。それに加えて、面倒くさい取り巻きの連中もいて、本当に会社という場所は仕事に集中できない。

 しかし、立場が変われば思うことも変わるもの。上司には上司の立場がある。自分が上司の立場だったらどうだろうか。 

 スマホ小説ではよく、「一人称多視点」の小説がある。特に恋愛ジャンルで多い。

 例えば花子と太郎の恋愛ストーリーだったとしたら、「花子side」の章では、太郎にほのかな恋心を寄せる花子の物語が彼女の心の内面とともに描かれるが、「太郎side」の章では、物語が太郎の一人称で展開する。そこで例えば、花子から見ると素っ気ない態度をとっているように見えた太郎だが、実は太郎のほうも花子が気になっている、ということや、部活動の男友だちの前でそれを表せない事情がある、ということがことが明かされる。

 「山手商事」のストーリーでも、上野部長sideがあったらどうだろう。

☆゚+.☆゚+.☆゚+.☆゚+.

(上野部長side)

気がつけば神田さんの会社に移って十五年になる。
 
 当時三十四だった俺も、もうすぐ五十になる。ということは、神田さんはもう五十五だ。

 始めた頃は、こんなに長く続くとは思わなかったが、ここまでになるんだから、もちろん俺も頑張ったけど神田さんはすげえよ。アルバイトで年末年始の手伝いをしたことから始まって、俺は四人目の社員になった。当時は四人だった社員も、今では五十人。最近じゃ大卒の新人も取り始めた。

 この四月にマーケティング部から異動してきたやつもそうだ。なんでも最初の新卒採用だとかいって、人事部長の五反田がえらい大事にしてる。マーケの大崎のところじゃ新人がろくに育たないんで、俺んとこに動かすっちゅう話だ。この会社には、俺のほかにちゃんと人を育てられるやつはいねえ。マーケ部長の大崎なんかまさにそうだけど、最近は頭ばっかりいい人間をとりすぎなんだよな。もう俺もいい歳だしそろそろ引退したいんだけど、そんな状況だから神田さんは墓場まで付き合えっていつもそんな調子だ。

「部長、そろそろ参りましょうか」

 課長の駒込が声をかけてくる。今日は夕方からお台場で行われている輸入家電の展示会に出かけることになっていた。うちも五年前から毎年ブースを出している。

「道すがら、お話がありますので、お車を用意しています」

 この駒込とはもう十年くらいの付き合いになる。お互いあうんで動けるので不自由はないが、抜目のないところがあって心から信用できるタイプとは少し違う。もちろん、仕事の上では信頼しているが、おそらくこいつも心の底から人を信じるってことはないんだろう。そういうタイプのやつだ。

 今回だって、俺は電車で行っても一向に構わねえんだが、台場に行くとき、決まってこいつは車を手配する。俺はそれでも構わねえ。こいつはそれを俺のせいにも自分のせいにもしねえからだ。ちゃんと理由をつけてくる。こいつはそういうやつだ。

駒込:今日は、ビックリカメラの中野常務が来るようですね。

上野:そうか。

駒込:こないだ、商品部の三鷹部長から聞いた話ですと、この秋には異動かもしれないみたいですね。

上野:異動つったって常務だろ。

駒込:はい。

上野:どうなんだ。

駒込:サメトンヌの社長になるみたいです。

上野:何!それはまずいな……。

駒込:はい。

 サメトンヌとは、うちのメーカーである『スピノザ』社のライバル会社でもあるフランスの家電メーカーと一緒にビックリカメラがつくった合弁会社だ。もともと山手商事にとっては逆風だが、この商品部担当の中野常務はバタイユの製品が嫌いで、だからうちの商品をひいきにしてくれていたところがあった。その中野常務がその合弁会社に天下り、となるとそうもいかない。

上野:グループ会社なのにこれまでそっぽ向いてた罰かもな

駒込:さあ……どうでしょう。

上野:うちは困るぞ。どうすんだ。

駒込:安心して下さい。もう手は打ってあります。

上野:さすがだな。

駒込:今日、中野常務にお会いになったら、うちの新商品、QEDが「エントリーモデルだ」というところだけ、強く印象づけをお願いします。
 

上野:なるほどな……。わかったよ。後任の話はあるのか。

駒込:さぁ……、そこまでは私も……。

上野:その顔だと知ってるな。

駒込:知りません!部長に隠し事したりしませんよ。

上野:それもそうだな。まあ、そこも含めて頼むよ。

駒込:もちろん、そこは心得てます。

上野:ところで、お前に預けた大崎のとこにいたあのガキはどうだ。

駒込:いやあ、使い物になりませんね。 
 
 車内での上野と駒込の話題は、自然と田端のことに移っていく。
 
(つづく)

企業ドラマ(4)BARサクラス

 車内での上野と駒込の話題は、自然と田端のことに移っていく。
 
上野:ところで、お前に預けた大崎のとこにいたあのガキはどうだ。
 
駒込:いやあ、使い物になりませんね。

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☆゚+.☆゚+.☆゚+.☆゚+.

上野:やっぱり、そうなのか。

駒込:それが大崎さんのところのやり方なのかもしれませんけれど、テクニックだけは身についていて、文字通り肝心の部分と言いますか、心構えの部分がからっきしです。

上野:ふん、そんなこったろうと思ったよ。おおかた、現場も殆ど見たことがねえんだろう。そんなやつばっかりだ。数字ばっかり見て、わかったようなことを言いやがる。

駒込:まさに、そんな感じです。あの子は、今回、神田さんから預かったんですか?

上野:違う。人事部だな。あいつらは、これから新卒の採用を強化したいらしい。そのためのロールモデル?まあ見本をつくるそうだ。

駒込:見本ですか。うちに新卒採用はちょっと早いんじゃないですかね。

上野:まあ、それは人事部が考えることだ。誰であっても神田さんから預かった社員だ。一人前にしてやってくれ。

駒込:わかりました。

上野:タイミングをみて、幹部会に連れて来ていいぞ。

駒込:幹部会……ですか。

上野:そうだ。普通の方法でやってても埒が明かねえよ。

駒込:なるほど。お手柔らかにお願いしますね。

上野:それはお前次第だな。

この後、田端sideで見たように、幹部会議で田畑は上野の叱責を受けることになる。

「ちょっとやりすぎたか。でもしょうがねえよなあ。あいつが誤魔化すから頭にきちゃったよ」

そう言う横で、駒込はフォローの電話をかけることになったのだった。

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このように、相手側の視点から見ると、状況は全く異なって見える。今回のエピソードでは、入社四年目の田端と営業部長の上野では、目的も責任も持っている情報もできることの範囲も、何もかもが異なる。これは他人事じゃない。
 
 私たちが上司や取引先との向き合いに困り果てた時、一人称相手視点の物語を可能な限り想像してみることで、解決のいとぐちが見えてくることもある。

今回の場合、田端は今後どのように振る舞えば良いだろうか?
視点を再び田端へと戻そう。

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田端:僕はこの後、どうなるんでしょう。相当怒ってましたよね、部長。

駒込:そうだな。これから挽回すれば大丈夫だ。部長も普段はいい人なんだけど、ああいうことには厳しいんだ。でも、田端くんのためだぞ。やっぱり山手商事の社員は、とことん誠実じゃないといかん。

田端:はい……。反省しています。

駒込:まあ、問いつめられたら咄嗟にその場しのぎの答えをしてしまう気持ちもわからないでもない。これからは気をつけるんだな。普段の田端くんが誠実なことは俺からも部長に言っておくよ。

田端:すみません……。

 三時半から飲み始めた二人は、七時頃にはすっかり酔っ払っていた。

駒込:なんだ、ずいぶん店も騒がしくなってきたな。
 
田端:そろそろご飯時だからですね。

駒込:そうだ、僕は今日はこれで帰るけど、君はここへ寄った方がいい。

 駒込は田端へ一枚の名刺らしきものを手渡した。

田端:BAR……サクラス?

 どこかのお店のものだった。

田端:へ?なんですか、このお店は。

駒込:行けばわかるよ。店には連絡してあるからさ。。

田端:えー? 課長!

(田端:行ってしまった……)
 
 田端は怪しみながらも、酔っ払って気が大きくなっていたのと、今夜はもっと酔っ払っていたかったので、名刺の店へ行くことにした。
 
 その店は様々な飲み屋の入った、入り組んだ構造の雑居ビルの一角にあった。

(田端:あれ、誰もいない……?) 
 
 

企業ドラマ(5)小悪魔あさひ

 その店は様々な飲み屋の入った、入り組んだ構造の雑居ビルの一角にあった。
(田端:あれ、誰もいない……?)

※続きものですので
よろしければ最初からご覧下さい
新春特別連載「山手商事」


☆゚+.☆゚+.☆゚+.☆゚+.
 
田端:すいませーん!

女性:あら、アナタが田端さん?

田端:はい。俺が田端でーす!

女性:ふふ、だいぶお酒を召してるようね。

田端:三時から飲んでまーす!

女性:いいわ、そこへどうぞ。まずはお水かしら。

田端:はい!水割りで!

女性:ふふふ

田端:誰もいないんですね。

女性:そりゃあまだ七時だもの。

田端:寂しくないの。

女性:普段は九時からしか開けてないのよ。今日は特別。

田端:俺のために?

女性:そうよ。

田端:じゃあ、二人っきりだ。

女性:ふふふ、そうね。

田端:ずいぶん若いけど、オーナーじゃないよね。

女性:違うわよ。でも、店には私しかいないわ。このお店、狭いでしょ。客席もカウンター5席しかない
けど、裏も狭いの。だからひとりが限界。

田端:何歳?

女性:ふふ。これでもあなたが思ってるより、ずっと先輩よ。

田端:そうなの?大学生じゃないの。

女性:……もう、困った方ね。私はサクラスのあさひよ。宜しくね。

田端:あさひ……さん。あさひさんは、課長とは長いんですか?

あさひ:課長?ああ、駒込さんね。そうねえ。駒込さんとは、10年以上になるかしら。

(田端:ええーっ?……一体この人、何歳なんだ……)

あさひ:言ったでしょう。田端さんよりも先輩だって。

田端:そうなんですね。でもそしたら、悪いことはできませんね。

あさひ:悪いことって、ちょっと! どっちにしたってダメですからね。

田端:こんな美人を前にして、口説くこともできないなんて、拷問です。

あさひ:あら、お上手ね。口説くのは自由だけど、田端さんみたいないい男は、もっと若い子を口説かなくっちゃ勿体ないわ。

田端:そんなー! ……でも、なんで課長はこちらの店に行けって言ったんだろう。もしかして……そういうことですか?

あさひ:あら、私と駒込さんの間には何にもないわよ。うちにとっては、大事なお客さまというだけ。それに、私が今日いるのは、シフトの巡り合わせでたまたまだし。

田端:本当ですか……。

あさひ:そうよ。それと、今日のお代は、駒込さんから予めいただいてるから心配いらないわ。

田端:え……いくら飲んでもいいんですか。

あさひ:ふふふ。そうよ。でもお店のお酒が無くなったらおしまい。

田端:いや、そんなには飲めません!

 あさひは急に真顔になると、身を乗り出して田端に耳打ちした。

あさひ:ここ本当はすっごい高いのよ。

 あやしく微笑むあさひ。告げられた内容よりも、間近であさひの吐息を感じた田端はそのことにドキドキしていた。

 ☆

 その頃、駒込は、部長の上野のもとへ合流していた。

上野:お疲れさん。どうだった。
 
駒込:相当、落ち込んでましたね。でも、大丈夫だと思います。

上野:最近の若いやつは、ちょっと言うとすぐ会社に来れなくなるからな。

駒込:評論は達者なくせに、自分が言われると弱いんですよね。

上野:明日ちょっと早めに出社するように言っておいたか。

駒込:はい。言っておきました。

上野:あいつはいま、「研修室」か。

駒込:はい。

上野:今日は誰なんだ。

駒込:やまとだったので、あさひに替わってもらいました。

上野:あのガキのために特別シフトじゃ、店もたまんねえなあ。

駒込:最近じゃあの店は、うちの部の「研修室」みたいになってますからね。

上野:そうだよな。まあ、もともとママのさくらは神田さんの紹介だし、店が儲かってるうちは文句も出
ねえだろう。人事部の研修はひとっつも役に立たねえしな。

駒込:こないだなんか、半分くらいの社員がマナー研修に遅刻していったらしいですからね。

上野:おいおい、うちの部じゃないだろうな。

駒込:うちはゼロですよ。それが、中には人事部の社員もいたとかで、問題になったみたいですよ。

上野:まあ、結局は気持ちひとつなんだよ。知識とか技術の問題じゃねえ。そこがわかってねえんだよなあ。

駒込:そう考えると、あの研修はもうしばらく必要ですね。


つづく 
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自己紹介
ユーゴスラビア生まれ。理工学部を卒業後、A.T.カーニーに入社。様々な業界のコンサルティングを手がけた後、エブリスタ立上げに携わり、同社代表取締役社長に就任。15年3月末に退任し、現在はメディア企業のデジタル戦略コンサルを手がける。グロービス経営大学院「ネットビジネス戦略」講師。
このブログについて
▼新卒外資コンサルからIT企業社長となった著者が、自身の備忘も兼ねて日々の心境を綴るブログ▼なるべく毎日更新▼読者の皆さんとご一緒に、私自身も「21世紀を生き抜く力を」つけていくのが目的です▼「左脳的切り口で右脳的題材も取扱う」ことを特徴に、世の中の出来事からその裏にある「時代性」を読み解いていければと思います▼その上で時代性に合う生き方、新しい生きる力を提案し、自らも実践していきます▼なかでも「個人が個性を発揮して生きる」ことを中心テーマに据えたいと考えています。
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